2006年5月14日 (日)

ツィメルマンのコンサート

B00013tca001_sclzzzzzzz__1  5月9日、ポーランド人ピアニスト、ツィメルマンのコンサートに行ってきた!会場はもちろん札幌コンサートホール、通称”キタラ”。待ちに待ったこの日、仕事を何とか5時には終わらせ会場内のレストランで軽く食事を済ませ会場入り。札幌では3つ用意されているプログラムのうち、プログラムIを演奏することが最近発表されたばかり。このプログラムには私が高校3年生の時にとある会で弾いたショパンのバラード4番(私がピアノを習おうと思うに至った曲の1つ)が含まれていて、大変心待ちにしていたのだ。

 ツィメルマンのコンサートを聴くのは、マンチェスターのBridgewater Hallで聴いて以来2年ぶり!イギリスではほぼ毎年彼の演奏を聴いていた。それもそのはず当日スタンバイチケットだと約4ポンド(800円)で聴くことが出来ていたからだ。今思うとウィーンフィルもベルリンフィルハーモニー等もこの価格で聴いていたのだから何と贅沢な日々だったことか・・・

 日本のチケットの高さはヨコにおいておいて、演奏はと言うと最初のモーツァルト・ソナタは個人的にはイマイチな感じ。たぶん内田光子のモーツァルトを聴き過ぎていることもあろうが、どうにも解釈の途中という感じがする演奏だった気がする。しかしながら次のベートーベン・ソナタ「悲愴」からはツィメルマンの実力を遺憾なく発揮する好演奏。特に間の取り方は勉強になった。素人が同じように弾くと単にぶつ切れの演奏と聞こえてしまうだろうが、その緊張感溢れる間は見事だった。

 ここで20分間の休憩が入り、後半1番目の曲は今日の自分のメインとも言えるショパンのバラード4番。ショパンはバラードにおいて、ピアノによる1曲の独立した純粋な絶対音楽を目指したとも言われており、特にこの4番は名曲が多いバラード4曲の中でも優れていて、かつショパンの全作品中でもとびきりの傑作とも言われている。マンチェスターで聴いた彼のショパン・ピアノソナタ第3番も圧巻であったが、今回のバラード4番もその時に勝るとも劣らない程の感動を私に与えてくれた。特に四度目に登場する主題ではノクターンでおなじみの幅広い分散和音にのってメロディを半音的に分解しつつ流麗な進み方となるのだが、この部分ではもう涙々の状態。まさに一音一音が光り輝いていた。

 その後の演奏、そしてアンコールの4曲も大変素晴らしかったのだが、こうしてショパンの演奏を聴いてみると、やはりショパンは多くのピアノを弾く人間にとって特別な存在であるのがよく分かる。もちろんピアノを本格的にやらなくなった今の自分にとってもそう。今の自分を問いたいとき、いつも対峙するのがショパンの曲なのだ。

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2006年4月11日 (火)

この歳にして。。。

 2ヶ月ほど前、私は○○歳の誕生日を迎えたわけであるが、この歳にして父親から誕生日プレゼントなるものをもらってしまった(汗)。何をもらったかというと、クラッシック音楽好きの私にはたまらないBOSE製の「Wave Music System」!D1000458 コンパクトでありながら高級オーディオの領域にまで踏み込んだ音楽性と音質を持つ、まったく新しいテーブルトップオーディオの謳い文句で売り出されているのだが、本当に素晴らしい。部屋の出窓にすっぽりおさまるサイズもまたgood!スピーカー部に独自の重低音再生技術を採用していることもあり、ブラームスなんぞをこれで聴くとこのオーディオがいかに優れているかがよく分かる。お奨めの1機である。

 ところで、明日からいよいよ大学での講義。今パワーポイント資料の確認をし終え、そろそろ寝ます。一人でも多くの学生達に思いが伝わってくれると良いのだが。。。

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2006年3月 2日 (木)

自分を潤すもの。。。

 img008こうまで出張づくめだと美味しいモノを食べるだけではどうにも自分が満足しない。やはりある一定の時間、何もしない落ち着いた時間を持ちたくなってくる。というわけで、名古屋出張の際にはちょうど松坂屋で「石山寺と紫式部展」が開催されていたので訪れてみた(残念ながら既に先月末で終了)。石山寺を訪れたことはないのだが、友人Rの弟D曰わく、滋賀県大津市にあり、初春には梅、そして春には桜、初夏には菖蒲、秋には紅葉と四季折々に花を愛でることの出来る寺のようで、また日本史の授業の時に聞いたこともあろう『石山寺縁起絵巻』などでも有名な寺なのだが、この寺を最も有名にしているのは紫式部と源氏物語!平安時代寛弘元年(1004)紫式部は新しい物語を作るためにこの石山寺に七日間の参籠をしており、当時紫式部が滞在したとされる『源氏の間』や土佐光起筆とされる源氏物語末摘花巻、源氏物語図屏風などを所蔵していることでも知られる古刹なのだ。さて展覧会はというと、これはこれは見応えのあるものであった。紫式部直筆とされる写経から江戸時代の土佐・狩野両派による源氏物語図屏風に至るまで、源氏物語の世界一色で、一作品ごとに物語が脳裏に鮮明に浮かんでくる。六条亭の華やかさや明石の荒涼さなど、それは見事に源氏物語の世界が表現されている作品ばかりであった。 普段は神社詣しかしない私であるが、石山寺には行ってみたい気持ちにさせられた。

 次に、最近ホテルにはCDプレーヤーが部屋に設置されていることも多いのでお気に入りのCDを何枚か出張時に持って行くことにしている。最近よく出張先で聴くCDはB000BDJ3UOツィメルマン&ラトルの「ブラームスピアノ協奏曲第1番」(ツィメルマンは日本だとツィマーマンと呼ばれることもあり、英語圏だとジマーマンと呼ばれる)。ツィメルマンの演奏を最後に聴いたのは2年前のマンチェスターであったが、演奏会は1年間に50回と決めている、というこだわりがあるだけに、細部まで緻密な演奏が繰り広げられた演奏会だった。その時は自分の大好きなショパンのピアノ・ソナタ第3番がプログラムに含まれていたのだが、卓越したテクニックと緻密な演奏解釈があいまってピアノが鳴り響く、とはまさにこのことと言うぐらい圧倒されてしまった記憶がある。今回の録音もオーケストラと渡りあっていく際に、神経がすみずみまで張りめぐらされているあたりがすばらしい。ラトル&ベルリン・フィルが細心の注意を払ってツィメルマンの演奏をサポートしている姿も聴き取れ、第3楽章のピアノソロの部分などはなんと魅力的に奏で上げていることか。。。疲れ果てた夜、心身共にブラームスの音楽に身を委ね自分を取り戻していく時が何とも言えぬ幸福な時間である。

 5月には札幌で久々にツィメルマンのコンサートを聴くことが出来るので、それを楽しみに怒濤の新年度を乗り切りたいものだ。札幌在住の皆さん、チケットがまだ若干残っているようですから、これを機に足を運んでみてはいかがでしょうか。

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2006年1月20日 (金)

内田光子のベートーヴェン

mitsuko_uchida_top 先程、アマゾンから昨年より心待ちにしていた、内田光子の新譜「ベートーヴェン ピアノ・ソナタ第30番、第31番、第32番」が届いた!今日中に返信しなければならない仕事のメールも多数あるのだが、ともかく1度聴かねば何にも集中出来ないのはわかっているので、早速こよなく愛するWhittardEnglish Rose Teaを入れ、ピアノ室にあるステレオの前に座って聴いてみた。内田はロンドン在住なので、イギリス在住中の6年間、彼女のサバティカルイヤー以外は年6,7回、演奏をイギリスのみならずアムステルダム、パリ、ウィーン、ザルツブルグ、ハンブルク等で聴くことが出来、本当に今思うと大変贅沢な留学期間であったように思う。ロンドンのRoyal Festival Hallでのコンサートの際には大抵終了後サイン会が催され、サインを頂きながら写真なども一緒に撮ってもらえるなど大変気さくな人柄に好感が持てたものだ。彼女は1982年から開始したモーツァルト・ソナタの連続演奏会が好評を博し、その後の協奏曲も大い評価を得て『モーツァルト演奏者』と絶賛されるようになったが、彼女自身が語っているように、内田にとって最も大切な作曲家はモーツァルトのみならず、バッハ、ベートーヴェン、そしてシューベルトである。uccp1117uchida今回のベートーヴェンの解説は「3曲は1つの大きな塊なのか?」という視点から始まる内田自身によるものでこれまた興味深い。また彼女のインタビューが見られる購入者限定サイトの情報も含まれていて、大変お買い得!演奏を3曲通して聴き終えた感想としては、確かに内田の言うように、それぞれを1曲ずつ聴いていては分からないようなストーリーが生み出されている感じがした。そうまるで人の一生を表現しているかのようなストーリーが。。。高校時代、よく彼女の弾き真似をして先生を苦笑させたものだが、ピアノを弾けなくなった今の方が、その時よりも自分が彼女の演奏に近づいている気がしてならない。

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2005年12月13日 (火)

IL DIVO

B000BHEIUK 先日、銀座の山野楽器を訪れたときに、2階のクラシック売り場で流れていて思わず衝動買いしてしまったのがIL DIVOの「ANCORA」。IL DIVOはアメリカ出身のデイヴィッド、フランス出身のセバスチャン、スイス出身のウルス、そしてスペイン出身のカルロスの4人から成り、2004年11月1日イギリスでデビューしたらしい。。。←この時期、イギリスにいたのに全然知らなかった(苦笑)。グループ名のIl Divoとは、神のようなパフォーマー、もしくは男性版ディーヴァを意味するイタリア語だそうだ。ロマンティックなポップ・ソングをフル・オーケストラ・バックに、オペラ・マナーでエレガントかつドラマティックに歌い上げ、バラードとしてしっとりと彼らの歌唱力を聞かせる曲が中心となっている。それぞれが既にオペラやミュージカルでのキャリアがあるので、それぞれが個性的な声をしていてもハーモニーは崩れていない点も良し。加えてなんとプロデューサーは、『Pop Idol』の審査委員として話題を振りまいているSimon Cowellらしい!何とも意外な気もするが、冬のながーい夜に、お気に入りの紅茶を飲みながらゆったりとした時を過ごすには適した1枚と言えよう。

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2005年11月 9日 (水)

一面真っ白&教育雑感

DVC00001  札幌は今日、初雪だった!例年より2週間ほど遅いらしい。昨日の天気予報では最初雪と予報していたにも関わらず、途中から雨と変更になり、今朝起きてみると庭の芝生が右の写真のような有様で、全く「予報」以外のなにものでもない。。。ともかく、明日も雪のようなので(明日のフライトは大丈夫かなぁ・・・)、やならければならないことの1つにDVC00002a車の夏タイヤからスタッドレスタイヤへの変更がある。まず、物置の奥深くからスタッドレスタイヤを引っ張り出し来なければならず一苦労。。。そしてタイヤを車に積み込み、ソロリソロリと運転してスタンドでタイヤ交換をしてもらい、空気圧を測ってもらい、夏タイヤを奥深くにしまい込んでようやく終了!こういう仕事が立て込んでいるときに(果たして明日の出張までに間に合うのか?!)、タイヤ交換で午前中がほぼつぶれてしまったのは痛いものがあるが、季節を感じることの出来る恒例行事と考えれば、これもまた悪くはない。ともかく昨年のような大雪にだけはならないことを祈るのみである。

 話は変わって、こういう忙しいときに限って、現実逃避をしたくなるような魅力的なDVDが届いた。それは「齋藤秀雄 没後30年 証言ドキュメント+特別演奏会」。hideo_saito 戦後日本のクラシック音楽界に教育者として大きな功績を遺した齋藤秀雄。彼の生い立ちや音楽家としての歴史などを綴ったドキュメンタリーと、2004年のサイトウ・キネン・オーケストラの2つの演奏会(ベルリン&松本)を収録したものだ。齋藤秀雄が直接語る彼の教育観を初めて耳にしたが、なるほど、と肯けるものが幾つかあった。 そのひとつが「教育とは植物を育てるようなものだ」との一言。この言わんとするところは、水と肥料と太陽の熱を加えると植物は成長する。ただどういう時期に肥料をやるか、熱がいるか、というのは種によって皆違う。無駄になるからってやらないと結局その植物は育たない。教えるときには無駄になる、無駄にならないということを考えてはならない、ということだ。歴史を振り返ってみると教育学の始りでも「教育は植物を育てるようなもの」と言われていたがそれと齋藤秀雄のそれとは意味が違う。教育学のそれは、良い肥料を与えれば、「必ず」植物は良く育つ、すなわち、良い教育を与えれば必ず良い人物になる、という考えであった。しかし、齋藤秀雄のそれは、良い肥料を10やったところで植物が全部吸い上げるわけではない、吸い上げるのはそのうちの何分の一、だから教える側が100やって生徒が10とってくれたら、教える側は本当によろこばなければならない、というスタンス。教える側は常にこの思い、どんな生徒をも見捨てないという思いを忘れてはならないと思う。

 こんなことをDVDを見て感じていると、教育界のあるニュースが飛び込んできた。それは横浜の中学校の校長が修学旅行の引率中に他の教諭と飲酒した、というものだ。この校長、楽天の元副社長で弱冠33歳、横浜市が公募した民間人校長にこの春から採用された人なのだが、人物が人物であるが故に、ニュースは話題性をもって語られていた。そもそも我々の学生時代には、修学旅行等で教職員の飲酒なんてものは公然ととまでは言わなくとも、行われていた。近年は引率中は公務である、とのことから大変厳しくなってきているのだが、何とも本質からズレた観があるのは私だけだろうか?!昨今は、教職員同士でもなかなかうまくコミュニケーションが取れないでいる姿をよく見かける。2泊3日、生徒が寝静まった後、教職員同士の交流を深めようとする中で、缶ビール2杯呑んだことが、こんなに騒がれることなのだろうか?生徒にアルコールを勧めたわけではないのだ。一般教諭から校長に誘いをかけた、とのことなので、教育委員会はそれを窘めるのが校長の役割、呑まずとも教職員との交流は深められる、という一般論を持ち出すのだろうが、その2杯付き合う呑みニュケーションによって、学校に戻った後に、スムーズに学校経営が行われるとすれば、かえって子どもたちにとっても良いことなのではないか?もちろん、規則を知ってて破ったことは許されることではない。子どもに示しがつかない、というのは全く持ってその通りである。しかし、ここで重要なのは、何のために民間から校長を招き寄せたのか、ということである。閉塞感の漂う教育界に風穴を開け、何とかして子どもたちのために良い教育を提供していくためではなかったのか。この校長が処罰を受けることは当然であろうが、単に処罰を与えるだけでは今までと何ら変わらない。この校長が何故、こういう行動を取るに至ったのかを検討し、必要とあらば、現場に即して規則を変更するくらいの意気込みが教育委員会になければ、民間校長の採用は無駄に終わるであろうし、今後優秀な人材が教育界に来てくれることはなくなるだろう。このギスギスした感じが今の日本を端的に表している気がしてならないのは、本当に残念でならない。

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2005年10月30日 (日)

初キタラ

DVC00002 さて、札幌市民以外で「キタラ」と聞いて、あぁあれね、と理解するのは難しいであろう。キタラとは1997年に開館した音楽専門ホールである札幌コンサートホールの愛称である。ピアノやヴァイオリンを長年やっていた私にとってはまさに良い環境下で音楽に触れられることは何よりもの喜びであるはずなのだが、如何せん、ホール開館時は東京在住、そしてその後はイギリス在住と13年余り札幌を離れていたため、キタラとは全く縁がなかったのだ。しかし本日、ようやく初キタラとなった。というのも、父が札幌交響楽団のチケットを2枚もらってきてくれたからである。

 中に入ってみると、確かに、DVC00003 ベルリンフィルハーモニー・コンサートホールを真似て作っただけのことはあり、そっくり!今日の演目は全シベリウス、日本のオケを聞くのもロンドンで聞いたサイトウキネン以来で久々なためとても楽しみにしていた。

 今回のプログラムは、休憩、アンコール1曲含め1時間40分程度と、若干短めではあったが、それなりに楽しむことが出来た。しかしそこは札響、演奏にムラがあったのは否めない。まず、弦と管が時にバラバラに聞こえてしまうのはどうにかして欲しい。。。それぞれはそれなりにまとまっているのだから、あと一歩というところであろうか。加えて演奏のうねり、開放感、遊びがもっとあっても良い部分が多数あった。全体的に教科書通りのあっさりした演奏、という印象を持った。いずれにせよ、まだまだ発展途上のオケ、今後に期待したい。

 久々に音楽の話題に触れたので、最近購入したCDでお奨めの1枚を紹介したい。michie_koyama それは小山実稚恵の「ショパン・バラード全曲」。小山は「チャイコフスキー・コンクール」そして「ショパン・コンクール」と2大国際コンクールに入賞した初の日本人として脚光を浴びて以来、真摯に歩み続けているピアニストの一人である。彼女の演奏解釈は、はっきり言ってくどい、と感じる人も多かろうが、今回収録されているバラード4番、そして舟歌などを聴けば、一音一音をしっかりと捉え、ショパンの世界を見事なまでに表現している名演と言えよう。秋の夜長にふさわしい1枚だと思う。 是非一度聴いてもらいたい。

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