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2007年6月19日 (火)

1人での追悼

 4月27日、チェリストでもあり自由の闘士でもあったロストロポーヴィチがモスクワの病院で息を引き取った。80年の生涯だった。実際に彼の演奏をライブで聴く機会は日本、英国合わせても両手で足りるくらいなのだが、彼の生き様、そして演奏は自分の今までの人生の節目節目に大きな影響を与えてくれたことは疑いようのないことだった。

 約2年前にこのブログで「夢見たものは」の中にも書いたが、音楽を諦めざるを得ない状況下で自分を救ってくれたもの、そして自分の生きるべき新たな道を示してくれたのもまた音楽であったのだ。そう、あれは手術から数ヶ月後、高校時代の親友が1冊のCDを持ってきた。クラッシックとは全く縁がない親友がどんな表情でクラッシックコーナーに行ったのかと考えただけでも苦笑してしまったのだが、そのCDが偶然にも、今も宝物の1つであるロストロポーヴィチによるドヴォルザークのチェロ協奏曲だった。楽器の持てる表現能力を最大限に活かしきった独奏部、雄大かつ密度の濃い単なる伴奏以上の内容を要求されるオーケストラ、次々と流れる郷愁に満ちた旋律。チェロは人間の声の音域に最も近いとされる楽器であるのだが、まるでロストロポーヴィチが自分1人に人生とは何かを語りかけてくれているように自分の心に染み渡っていった。。。

 その時の気持ちは今も忘れたことはない。ロストロポーヴィチのように、共産体制を批判して窮地にあったノーベル賞作家ソルジェニーツインを擁護したりなどのように、大それたことは私には出来ない。しかし、頑として揺るぎない1つの信念(すなわち、生きていること、ただそれだけがどれだけ素晴らしいことなのかを伝えていくこと)を持ち続け、その信念にもとづき行動することだけは常日頃心がけている。果たしてどれだけ学生に伝わっているかは未知数なのだが。。。

 さてここまで長々と書いてきたが、どうしてロストロポーヴィチのことを書こうと思ったかと言えば、それは先日、東京滞在の際、ロストロポーヴィチ追悼特集の雑誌を偶然手にとってみたことによる。ちょうど梅ヶ丘にあるマッサージ店に行く途中で小田急線に乗っていたのだが、記事を追っていくうちにどうしても涙が止らなくなってしまった。さすがにマッサージ中はこらえていたが、家に戻ってもどうしても気持ちが元に戻らず、深夜J姉に一杯つきあってもらう結果となった。もちろん一杯で終わるはずもなかったのだが、自分の中にあるロストロポーヴィチへの思いをJ姉に語ったことで何とか落ち着きを取り戻すことが出来た。J姉、多謝!そして今日、ようやくまとまった時間が取れ、携帯の電源も切りPCの電源も落としてから親友からもらったCDを何度も何度も聴きながら今までの人生を振り返りつつ1人ロストロポーヴィチへ思いを馳せた次第。

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コメント

映画化されましたよね?
札幌では,数日しか公開されてなく見に行けませんでした。

投稿: ミカ | 2007年6月19日 (火) 09時02分

>ミカ

 映画は亡くなる前に作られたもので、偶然にも公開されたときと亡くなった時期が重なったというもの。ドキュメンタリーだったからなかなか見応えはあったね。

投稿: torada | 2007年6月21日 (木) 00時18分

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