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2005年9月26日 (月)

アシュリーの生き方

 プロジェリアという響きを聞いたことがあるだろうか?プロジェリアとは遺伝子異常によって、通常の10倍近い速度で老化が進む障がいのことである。生まれる確率は800万人に一人、平均寿命はたったの13歳、その短い一生ゆえ、現在では世界中で30人の子どもたちがこの病気と運命を共にしているという。そう、アシュリーもその30人の1人であった。フジテレビが数年前から彼女の生き方を取材し続けており、以前、偶然にも一時帰国中にその番組を見る機会を得、その後どうなっているのかを気にかけていた。その取材の続編が昨日、放送されるというので妹と見てみた。

 アシュリーもすでに14歳になっており、思春期特有の感情を時折さらけ出しつつも、彼女は以前見たままの変わらぬ姿で毎日を過ごしていた。プロジェリアの子どもたちは、知能に全く後れはみられないため、アシュリーも中学校の通常学級に通っている。映し出される学校側の受け入れ体制(カリキュラムや補助教員等)の素晴らしさもさることながら、やはり心に留めてしまうのは、アシュリーから紡ぎ出される言葉ひとつひとつであった。

 「人生は生命の長さではない、いかに生きたかだ」。病気を持って生まれてきた子どもたちは、少なからずこの思いを抱いている、いや正確には、抱くことになると思う。アシュリーのこの言葉は、幼少より私も感じていることであり、それほど病状の程度の差はあれど、特に驚くことではなかった。しかし、次に出た言葉には驚きとともに深くうなずいてしまった。「胸が時々痛くなるけど、それも人生の一部だと思っているの。胸が痛くなったら、お気に入りのソファーで休むの。そうすれば痛みはじきに治まるのよ」。このどの部分に深くうなずいたのかと言えば、「痛くなったら休む」という部分である。この「休む」という行為、なかなか出来ないものである。特に後が無い、という切羽詰まった状態の中で、休むという行為を取ることが出来る大人がどれほど世の中にいるだろうか?自分自身、高校時代は無理に無理を重ねて、結局は高3の10月に倒れ、結果は2年間の入院生活。。。この入院が無ければ、違う大学に行っていて、今の友人関係も無かったわけで、そう考えると今の人生も悪くはないが、身体に負担をかけてしまったのは紛れもない事実である。しかし、アシュリーはこの「休む」ということが、結局、彼女の人生を長く、そして豊かなものにすることを既に把握しているのである。

 この彼女の生き様を見て、「人生、長さではない、いかに生きるかだ」という言葉が更に重みを増して自分に問いかけてくる。私が専門とする生涯学習はもともと「垂直方向と水平方向の統合」を目指すものであった。垂直方向とはまさに人生の長さであり、水平方向とは個人で言えば人生の幅であったり、社会的意味合いで言うと、学歴、社会的立場、障がいの有無などであった。現在、垂直方向の改善は目を見張るものがある。人生80年と言われてから久しいのがその証拠であろう。しかしながら、個人内でも、また社会的な意味合いにおいても水平方向の改善は進んでいるのであろうか?殺伐とした観のある現在において、アシュリーの生き方が我々に教えてくれることは多い。

 私は、「休む」ということを今後、肯定的に捉えていきたいと思っている。

追記 アシュリーの母親の手記が翻訳され出版されている。興味のある方はご覧になってみてはどうでしょうか?

 

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コメント

私も見ました!
14歳の彼女から自分自身がすごく学びました。
平均寿命83歳だからそれだけ生きれるって、
無意識のうちに皆思ってる。
でも彼女の場合自分の寿命が15年くらいだって
始めから分かっていて、
それが他の人とは違うけどきちんと正面から
受け止めている。
この母子ともに強い親子だと思いました。
『人生は辛い事もあるけど良い事を見て生きて行こう』
『人生はどのように生きたかである』
本当にそうだ。いつも自分の人生愚痴っている私は
自分が恥ずかしくなった。
もっと今出来る事を日々やらねば!
アシュリーのお母さんの手記も是非読んでみたいです。

投稿: 美香 | 2005年9月26日 (月) 19時16分

>美香さん

 美香さんもご覧になってたんですね!
本当に日々朝を迎えられることを感謝しつつ
毎日を懸命に生きていきたいですね。これからも
お互い頑張りましょう!

投稿: torada | 2005年9月26日 (月) 21時46分

相変わらず重いまじめないい話ですね。
本当に長さではなく、どのように生きたかが
重要ですよね。でも、これって、どのくらいの
人が自覚しているか…。

祖父は運良く、長くかつ濃く生きたと思いますが、
アシュリも相当濃い人生を生きていると思われます。

Toradaも本当に「休む」と言うことを、もっと
真剣にやって欲しいです。南半球周りは嬉しい反面
心配です。でも、きっと心は休んでいるから
よしとしましょうか。

最後に、こういうまじめな話の中申し訳ないのですが、
「アシュリ」と言う題名から「アシャリ」(甥っ子)の
話かと思ってしまった(苦笑)。

投稿: さどりょう | 2005年9月27日 (火) 00時41分

>さどりょう

 それをより多くの人に自覚してもらうことが、自分に出来ること、やらねばいけないことだと思っているよ。

 さどりょうのお祖父様は本当にそうだよね。お祖父様から学んだことも、何とかして後身に伝えていきたいものだよね。

 「アシュリ」と「アシャリ」ね!(苦笑)確かに見間違えるかも?!元気にしているのかな?すでに学校だよね?

投稿: torada | 2005年9月27日 (火) 14時02分

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