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2005年9月30日 (金)

阪神優勝!おめでとう!!!

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 いやぁ、阪神タイガースやってくれました!!!!!!!優勝おめでとう!!!!!!!!!

 本当に嬉しい!今日はミクシィの「北海道の阪神ファン」のメンバーの方の呼びかけにより、札幌のとあるスポーツバーに行ってきた。そこにはすでに、ミクシィ以外の札幌ドームで知り合ったというこてこての阪神ファンの皆さんも集まっていて、熱気に溢れていた。やはり阪神を愛する同士、初対面の人々ばかりなのに阪神が得点する度に話も弾む、酒も進む。年齢も出身地も異なる皆が、阪神の優勝を信じて1つになる。久保田劇場になるかと一瞬思ったが、最後のレフトフライを金本が取った瞬間、スポーツバーに集った皆で涙した瞬間は一生忘れないだろう。その後の六甲おろしが店を出た後も、すすきのの街中にいつまでも響き続いたことは言うまでもない。次に皆で集うのは日本シリーズ時。出来れば甲子園で直接応援したいが、チケットを獲得できない際には、また皆で集うのを今から楽しみにしている。また新たな友人が出来た1日であった。

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2005年9月28日 (水)

いよいよマジック1!!!

いやいや、阪神が今季4度目の5連勝でとうとうマジック1!!!明日は優勝だ~!!!DVC00006 それにしてもさすがは今岡、選手会長なだけはある大活躍!不甲斐ない井川&久保田の穴を埋めるに十分な活躍。そして鳥谷のこの一年の成長を垣間見せる一打と打線は言うことなし。2年ぶり5度目のリーグ優勝目指して明日は突っ走れ!ということで、明日は阪神ファンで貸し切ったすすきののスポーツバーで応援に燃えてきます。

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やはり野菜は青果店で!

DVC00003 最近、札幌でも大型スーパーが凌ぎをけずっている。営業時間が24時間オープンのお店も増え、コンビニ化してきているとも言える。そのためであろうか、商品の品質が目に見えて落ちてきている気がするのだ。特に生鮮食品とされる部類のひどさが目に付く。便利さの代償がこれであれば、本末転倒な気もするのだが、ここにきて存在感を現してきたのだが、昔ながらの青果店!スーパー等に比べると多少値は張るものの、新鮮さ、そして味が格段に違う。そしてやはり安心して購入できる。店主との何気ない会話もこれまた楽しい。またこの時期、取れたてのとうもろこしをその場で茹でているので、茹でたてを店先で頂くこともできる。この味を何と表現すればよいのだろうか、ともかく一度皆にも食べてもらいたい味なのだ。湯で加減が絶妙で、まさに野菜を知り尽くした店主ならでは、という感じである。営業は近所の大型スーパーに押され、やはり相当厳しいらしいが、今後も頑張ってもらいたいお店の1つである。

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2005年9月27日 (火)

私の分身ブランド?!

onitsuka_tiger  最近お気に入りのブランドの1つに、まるで自分のためのブランド?!(勘違いも甚だしいが)という名の、onitsuka tiger(オニツカタイガー)がある。タイガーの名の如く、シューズや洋服に「虎」の文字や虎の文様が描かれているものが多い。オニツカタイガーは、現アシックスの前身。それが復刻ブランドとして再登場。さどりょうが「虎」印付きのシューズを履いていて、初めてこのオニツカタイガーの名を知ったのが数年前。それ以後こよなく愛し続けている。この夏には友人のmihojyoを連れて代官山のショップにも行ったほど!(生憎、私はお目当ての商品を購入することは出来なかったのだが、mihojyoは早速Tシャツを購入していた。さすがはmihojyo、恐るべし!)

 そして、この秋冬シーズン物で、昨日届いたものが、この画像にあるオニツカタイガーの特徴であると言っても良い日本の伝統柄トラックジャケット!立湧有職文様をジャガードで美しく表現したジャージ素材。左胸には有職文様をモチーフにした虎の刺繍入りで、ジャージの色も「藍」色と非常に美しいトラックジャケットで一目惚れ。さらにはゴールドのファスナーには「虎」の顔と細かい部分も手抜きがない。これからの季節、大活躍してくれそうな1着です。

 我が阪神タイガース、何とか明後日には優勝を決めてくれるかな?!

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2005年9月26日 (月)

アシュリーの生き方

 プロジェリアという響きを聞いたことがあるだろうか?プロジェリアとは遺伝子異常によって、通常の10倍近い速度で老化が進む障がいのことである。生まれる確率は800万人に一人、平均寿命はたったの13歳、その短い一生ゆえ、現在では世界中で30人の子どもたちがこの病気と運命を共にしているという。そう、アシュリーもその30人の1人であった。フジテレビが数年前から彼女の生き方を取材し続けており、以前、偶然にも一時帰国中にその番組を見る機会を得、その後どうなっているのかを気にかけていた。その取材の続編が昨日、放送されるというので妹と見てみた。

 アシュリーもすでに14歳になっており、思春期特有の感情を時折さらけ出しつつも、彼女は以前見たままの変わらぬ姿で毎日を過ごしていた。プロジェリアの子どもたちは、知能に全く後れはみられないため、アシュリーも中学校の通常学級に通っている。映し出される学校側の受け入れ体制(カリキュラムや補助教員等)の素晴らしさもさることながら、やはり心に留めてしまうのは、アシュリーから紡ぎ出される言葉ひとつひとつであった。

 「人生は生命の長さではない、いかに生きたかだ」。病気を持って生まれてきた子どもたちは、少なからずこの思いを抱いている、いや正確には、抱くことになると思う。アシュリーのこの言葉は、幼少より私も感じていることであり、それほど病状の程度の差はあれど、特に驚くことではなかった。しかし、次に出た言葉には驚きとともに深くうなずいてしまった。「胸が時々痛くなるけど、それも人生の一部だと思っているの。胸が痛くなったら、お気に入りのソファーで休むの。そうすれば痛みはじきに治まるのよ」。このどの部分に深くうなずいたのかと言えば、「痛くなったら休む」という部分である。この「休む」という行為、なかなか出来ないものである。特に後が無い、という切羽詰まった状態の中で、休むという行為を取ることが出来る大人がどれほど世の中にいるだろうか?自分自身、高校時代は無理に無理を重ねて、結局は高3の10月に倒れ、結果は2年間の入院生活。。。この入院が無ければ、違う大学に行っていて、今の友人関係も無かったわけで、そう考えると今の人生も悪くはないが、身体に負担をかけてしまったのは紛れもない事実である。しかし、アシュリーはこの「休む」ということが、結局、彼女の人生を長く、そして豊かなものにすることを既に把握しているのである。

 この彼女の生き様を見て、「人生、長さではない、いかに生きるかだ」という言葉が更に重みを増して自分に問いかけてくる。私が専門とする生涯学習はもともと「垂直方向と水平方向の統合」を目指すものであった。垂直方向とはまさに人生の長さであり、水平方向とは個人で言えば人生の幅であったり、社会的意味合いで言うと、学歴、社会的立場、障がいの有無などであった。現在、垂直方向の改善は目を見張るものがある。人生80年と言われてから久しいのがその証拠であろう。しかしながら、個人内でも、また社会的な意味合いにおいても水平方向の改善は進んでいるのであろうか?殺伐とした観のある現在において、アシュリーの生き方が我々に教えてくれることは多い。

 私は、「休む」ということを今後、肯定的に捉えていきたいと思っている。

追記 アシュリーの母親の手記が翻訳され出版されている。興味のある方はご覧になってみてはどうでしょうか?

 

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2005年9月24日 (土)

久々の再会。。。

 今日、久々に(たぶん3,4年ぶり?!)父方の祖父に会ってきた。実は、あること(発言)を理由に、私は祖父に会いにいかなくなっていたのだ。そのため、新年の集まりにもここ数年参加せず、祖母に会いに行くときも祖父がデイサービスで外出している時に会いにいくようにしていたほど!周りが何と言おうと、私は祖父を許す気にはなれず、祖父の痴呆が進み入院することになっても、頑なに見舞いにも行かなかった。しかし最近、家族(両親)と過ごす時間がとても意味のあるものだ、と思えるようになってきて、加えて、人生いつ何時何があるか分からず、果たして自分が後悔しないかどうかを考えたとき、やはり祖父に会っておくべき、と考えるようになってきていた。しかし、ここまで頑なに意思を貫き通してきていた分、自分の中に何か会いに行くきっかけが必要だった。そこで、単純ではあるが、敬老の日に会いに行こう、と祖母にも宣言をし心の準備をしていたのだが、生憎祖父が熱を出してしまったとのことで、敬老の日に面会にはいけなかった。しかし、今の自分の中での勢いを止めてしまうと、次いつ行く気持ちになるかわからなかったので、思い切って今日、祖母と行ってきたのだ。

 そこには、すっかり、とまではいかないが、自分が想像していたよりもやせ衰え変わり果てた祖父がベッドにいた。そして、私が来たことを祖母が告げると(正確には祖母の配慮によりイギリスから戻ってきたと伝えられた)、祖父は私を見た後、涙したのだ。。。 これにはさすがに私も驚いた。完全な痴呆ではないとは聞いていたが、まさか自分のことを覚えているとは思ってもいなかったのだ。面会時間は20分と限られていて、久々の対面はあっという間ではあったが、また来るから、と祖父に伝えた際にはまた涙する祖父を見て、完全に祖父のことを許せたわけではないが、そのことは置いておいて、また見舞いには来ようと思った。

 そんなこんなで、今日はとっても疲れたので、帰りがけに、近場の温泉に行ってきた。やはり温泉は良い。いつもなら土曜日ということもあり、結構込んでいるのだが、連休の合間ということもあるのだろうか、平日の午後並みの空き具合だったから尚快適!露天風呂やジェットバスなど1時間くらい温泉を楽しんだ。そして温泉からあがった後、することと言えば、DVC00001 子どものときからずっと同じ、瓶のコーヒー牛乳を飲むことである。どうしてあんなに瓶のコーヒー牛乳って美味しいんでしょうね?!実はこの温泉、北海道の新鮮な牛乳から作ったソフトクリームもなかなか美味なのであるが、やはり軍配はコーヒー牛乳に上がるんだよね。いい年して何言ってんだ、っていう突っ込みは覚悟のうえで、他にも瓶のコーヒー牛乳好きな方はいらっしゃいますか?!

 

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久々のインド料理

 昨日は、何とか自分の部分の分析を終え(というか無理矢理終わらせたという表現の方が良いかもしれないが。。。)、後輩MTにメールで送る事が出来たので、久々に高校の部活の後輩HNと夕食を共にすることにした。先週末の幼馴染みの結婚式で、インド人の友人と再会して以来、無性にタンドゥーリチキンが食べたかったので、札幌ではメジャーなTaj Mahalに行くことにした。着いてみると、7時半と夕食時にも関わらず誰もいない。。。やはり連休で皆遠出しているのかな?!ともあれ、私はともかく肉が食べたかったので、タンドゥーリチキンやシシカバブなどが含まれるタンドリミックスグリルとマンゴーラッシーを頼む。DVC00004 このミックスグリル、なかなかの量で、寝不足気味の私には少々量が多い(画像は既に食した後。。。)。でも味はなかなかで、満足!食べながら、ふと、マンチェスター時代には、よくRusholmeに行ってインド料理を食べたことを思い出す。思えば味も良く、学割等もあって、かつインディアンスイーツもとっても甘いが美味しかったなぁ。。。なんて感慨に耽っている間に、見回すといつの間にか店内は満席。

 というわけで、後輩の行きつけの喫茶店であるパイン館に場所を移し、ここでもう一人、部活の後輩でHNと同期のNAと合流する。やはり、昔の苦楽を共にした仲間、美味しい珈琲を味わいながら話もはずむ!結局4時間程をそこで過ごしてしまった(汗)。でも、ここの珈琲、HNが薦めるだけあって本当に美味しい!しかも超安い!こんなに居心地のよい喫茶店も久々だったので、今後も贔屓にしたいと思えたことは言うまでもない。

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2005年9月20日 (火)

ゴンドラ

DVC00002 先週、東京に出張の際、ちょうどさどりょうのお母様の古希にあたったため、仏前の前におば様が大好きだったケーキをお供えしようと、靖国神社前にある「ゴンドラ」に行ってきた。創業昭和8年の老舗というだけあって派手ではなく、素通りしてしまいそうな感じの素朴な店構えであるが、味は確か。生ケーキやゼリーなども、近隣のこれまた美味しいお店として知られる「シェ・シーマ」にひけずおとらずの味にもかかわらず、お値段はとても良心的な設定となっている点も嬉しい。加えて、700円毎に1枚くれるサービス券を15枚集めると、ケーキ1個と引き替えてくれるという嬉しいサービスも!ちなみに、ゴンドラで私が一番好きなケーキは、
写真にもあるパウンドケーキだ。このパウンドケーキ、12年物のラム酒をたっぷりと使っているらしく、缶を開けた瞬間にラム酒の香りが広がり大人のケーキ、という感じ。しっとりとしていて、ずっしりと詰まっているパウンドケーキは、一口ほおばると、ラム酒とレーズンが口の中に広がり、とても満足感の残るケーキ。実は、レーズン、あまり好きではないのだが、ここのパウンドケーキは食べられてしまうのだ。皆さんも是非お試しあれ!というわけで、今日の分析の合間のお茶には、このパウンドケーキを食べようと思います。休憩時間を楽しみに分析に取り組むぞ!

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2005年9月19日 (月)

またまた小樽

現在、札幌近郊の大学で教育心理学会が開かれていて、後輩のTHは昨日発表を既に終えていたことから、今日は観光案内をすることになっていた。札幌は観光都市のイメージがあるかもしれないが、実のところ札幌自体にはヨサコイや雪祭り等の季節行事を除き、あまり観光スポットはない。ということで、いつも札幌近郊の小樽案内をするのが通例である。今回もご多分に漏れず、札幌でお寿司を食べた後、午後から小樽へと繰り出した。DVC00005 小樽は7月末に友人NHに会いに行って以来。生憎の小雨模様であったが、変わらず道内外、および台湾・香港からの観光客で小樽はあふれかえっていた。定番のルートであるJR南小樽駅で降り、坂を下って、まずは小樽オルゴール堂へ。変わらず女性客であふれかえっていて、男性客は手持ちぶさたそうに、店の前で待っている。そう、小樽は女性が好む街なのであった。店内を一通り見学した後に、次に向かうは、北一硝子。まずは、アウトレット館に立ち寄り、早速THは自分用の硝子製品を物色。私は、現在は生産中止のために約半額となっていた、品質には何も問題のない綺麗な一輪挿しをみつけたので、ボールペンの御礼にと、O教授、及び現在の仕事のパートナーである後輩MTの分を購入する。次に隣接するお菓子で有名な六花亭の美術館「北の大地美術館」を訪れた。ここの1階はお菓子を売る店舗となっていて、2階が無料の美術館となっている。展示されている絵は、六花亭の包装紙にもなっている坂本直行、北海道の風景を独特の筆法で描き続けた相原求一朗のものだ。2階にあがってみると、誰もいなく、1階の喧騒とは別世界。。。というか、ここのメインは美術館であって、1階の売り場はおまけ、であることを誰も気づいていないかのようであった。無論、THもお土産としてお菓子を大量購入したことは言うまでもない。その後、いくつかの北一硝子の正規ショップに立ち寄った後、小樽観光名所としては一番有名だと思われる小樽運河へ。せっかく小樽に来たのだからとTHの写真を1枚撮る。実はここ、最近人力車へのお誘いがかなりあり、あまり長居したくない場所になりつつあるのが残念なところ。これも地元業者と本州からの大手新規参入組との熾烈な顧客争いが背景にある模様。しかしながら、風情ある乗り物ではあると思うので、営業スタイルを変えてもらえば、頑張って欲しいものだ。これで、一通りの観光を終えたので、元日銀支店のビルなどが建ち並ぶ古い金融街のストリートを歩きつつ、最後に向かうは小樽に来たら必ず立ち寄ることにしている、純喫茶「光」 DVC00009本当に時間が逆戻りしたかの店内は、とても落ち着く空間。会話を邪魔しない程度の大きさで心地よいクラッシック音楽が流れているのも良い。ここのお奨めはやはり、カステラ付きのコーヒー。DVC00008 小樽へ行った際には、小樽駅からもすぐなので是非とも訪れて欲しい場所です。

 こんな感じで、今日1日を終えてしまい、分析は何も進まず、O教授、ごめんなさい。。。でも先生の教え子を案内したのだから良いですよね?!と言い訳をしつつ、明日からはしっかりやろうと決意した次第。

 ちなみ、今日の野球は、阪神、日ハム共に勝ち、素晴らしい!阪神で言えば、中日がまたまた負けてくれたため、マジックはM8に!新人能見もよく投げたし、矢野の2打席連続ホームランもスポーツニュースで見て痺れた!札幌ではデイリースポーツが買えないのが本当に残念(涙) 日ハムはダルビッシュが初完封で打者もうちまくりと良いことづくめ!明日の道新スポーツはダルビッシュが一面だろうからコンビニまで走らねば!

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2005年9月17日 (土)

唯一の幼馴染みの。。。

 今日は、自分にとって唯一といってよい、幼馴染みの結婚式に家族で列席してきた。幼馴染みと言っても、彼は年齢は1つ上で、加えて、自分が2歳から6歳までの時期に一緒にいただけというもの。なにせ父が転勤族であったため、同じ場所に数年しかいることが出来ず、大学に入って、私立の中高一貫校に行っていて、深い関係を築き上げている友人達を羨ましくも思ったものだ。しかし、彼の父親と自分の父親が同じ職業であったこともあり、当時は家もお隣さんだったことから、ほぼ兄弟のように育てられ、今思い出してみても、一緒にいなかったときはないような気がする。また、実際、僻地だったため、他に遊び相手もいなかったのだ。しかし、縁とはこれまた不思議なもので、私が在英中、彼が父が校長として勤務する学校に異動してくることとなり、実に20年以上ぶりに再会を果たしたのが2年前。以来、以前のようとまではいかなくとも、飲みに行ったりカラオケに行ったりと旧友を深めている。これだけの間があったのにも関わらず、その時間差を感じずにいられるのは、やはり幼馴染みなのだなぁ、と実感する今日この頃。しかし、そんな彼の結婚式、幼馴染みの結婚式には出るものではないとつくづく実感したのもの事実。なにせ彼の過去を振り返るスライドに、私の幼き頃の写真が何度も出てくるのだ(汗)これにはまいった。会場は爆笑の渦で、しまいには、コメントを求められる始末で、酔いも一気に吹き飛んだ。。。それでも、楽しい結婚式であったことには変わらない。今後も変わらぬ関係が続くであろうことを願いつつ、最後のデザートブッフェを楽しんだ。もちろんウェディングケーキはとっても甘かったことは言うまでもない。DVC00003

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2005年9月16日 (金)

ファミリーセール!

hugo_boss 今日は、さどりょうのお姉様JWのお誘いを受け、私の大好きなブランドの1つであるHugo Bossのファミリーセールに行ってきた。朝9時からのオープンだったのだが、我々が現地に着いたのはすでに10時半、会場からは大きな袋を5,6つも抱えた客らが次々に出ていきていて、既に出遅れの観があったのだが、ともかく我々も中に入り、その後は別行動にて広い会場内をチェック。最高90%オフということもあり、会場は大変な熱気につつまれていたが、チェック後まもなく、アウター好きの私としては、たまらない1着を発見し迷わずゲット!冬のカジュアル時に活躍してくれそうです。後は定番商品であるシャツやタイなどを買い込みともかく終了。しかし、その後レジ待ちに40分もかかるとは思いもしなかった。。。 その後、友人mihojyoの勤務先である代官山へ行き一緒にランチをした。mihojyoが予めひれカツ弁当を注文しておいてくれたので、それを食べながら、ウェディングドレス話に花が咲く!(カツを食べながらする話かとも思えるが。。。)その後、私の買ってきた「シェ・リュイ」のケーキ(久々に食べたがやはり美味しい!もう少々大きければなおgood)を食べつつお茶をし、話題はドレスから挙式話!そうこうしているうちに、mihojyoのお父様がオフィスに帰ってこられた。ご挨拶がてら「mihojyoさんのご婚約、おめでとうございます」とおじ様に伝えた際の、何とも照れくさそうな表情が誠に印象的であった。いつまでも仕事の邪魔をしていては、とそろそろ帰ろうとしたさいに、mihojyoから手渡された2通の葉書、何を隠そう、グッチ&セリーヌの新たなファミリーセールの招待状であった。うーん、今月はどうやら「買い物の秋」となりそうな予感だ。。。

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2005年9月15日 (木)

こんな方にまでひろまっていたとは。。。

何を隠そう(って全然隠してないけど)、私は大の飛行機大好き人間!もちろん、私の友人達はそのことを知ってくれているので、ファースト&ビジネスに乗った際には、アメニティグッズを持ってきてくれたり、あるいは機内誌を持ってきてくれたりと(さどりょうなどは親族にも働きかけてくれているし!)、皆、私の趣味に大変協力してくれている。さて、今日は母校の部屋を借りて、分析会議を行ったのであるが、その際に学部時代からお世話になっているO教授にもご参加頂き、ご意見を賜った。一通り講評頂いた後、O教授から手渡された物、それは何を隠そう、ボーイング社のシアトル工場でしか入手出来ないボールペンであった!DVC00001 ボーイング社の白のロゴが真っ赤な機体に映え、さらには翼の部分が広がり、タイヤまで出るという手のこみよう!しかし、何と言っても驚いたのは、私の飛行機好きがO教授にまで知れ渡っていたことだった。。。O教授曰く「torada君の飛行機好きは有名じゃない」とのことで、そんなにオーラを出しまくっていたかなぁ、と思うものの、やはり嬉しい。それもこのボールペン、O教授自身のものではないらしく、とある研究会に参加されていた知人がシアトルで購入し使っていたものを、「元学生のために」とお願いしてもらってきてくれたものだというから喜びも倍増!早速携帯で飛行機好き仲間のみーこに写メールしたことは言うまでもない。

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2005年9月13日 (火)

夢みたものは。。。(長文)

 今日、さどりょうのお姉様にフジテレビのドラマ「スローダンス」最終話を録画するよう頼まれていたので、今まで1度も見たことがなかったのだが、録画しながら見てみた。初めて見るのが最終話、ということで話はちんぷんかんぷんだったが、深津絵里演じるアパレルに勤務する女性の教育実習の回想シーンを見て、ハッとしたことがあった。彼女は教育実習の最終日、「夢」について語っていたのだが、奇遇にも私もちょうど同じことをしていたからだ。

 私は、高校までピアノで食べていくつもりであった。それまでの生活は音楽中心、もちろん音大に進むつもりであったし、自分の人生はピアノと共にあるのだと疑うことすらなかった。しかし、高3の10月、とある病気が再発し、何とか高校は卒業したものの、その後、手術や治療やらで約2年の入院を余儀なくされた。お陰様で病気は完治したものの、私は大きな代償を払うことになった。手術した部位のため、私は以前のようにはピアノを弾くことの出来ない身体になってしまったのだ。両親には前もって知らされていたものの、それを話すと手術を拒否してしまうのではないか、との危惧から、私には知らされていなかったのだ。

 その事実が医師及び両親から伝えられた日のことは今でも忘れない。人生お先真っ暗とはまさにその時であり、魂が凋れてしまったかのごとく、ただ呆然とした毎日(実際には治療を行っているのであるが)を過ごしていた。また、なまじっか絶対音感があるがゆえ、神経過敏になっているためか、聞こえてくるものが全て音楽に聞こえてきて、その状況に耐えられなかった。その時から私は個室に移り、音という音から遮断された生活を送るようになった。

 こんな状態が約半年ほど続いたのだが、徐々に現実を受け入れることが出来るようになってきて、私はあることに気がついた。それは、自分は今後何をして生きていけば良いのだろう、という大変素朴な疑問だった。それまではピアニストになることを疑わず、他の人生などまるで考えたことなどなかったのだから無理もない。手術が成功したのは良いが、私は自分の今後の人生を考え直さねばならなくなったのだ。。。

 この頃、私は徐々に「音」に対して向き合えるようになってきていた。ピアノが弾けない、という現実を受け入れることが出来てきていたのだろう。そうなると、今まで聴いていない分、無性に音楽を、それもピアノ曲を聴いてみたくなった。そこで、両親に頼んでピアノのCDを病室に持ってきてもらった。一瞬躊躇いもあったが、CDウォークマンのスイッチを入れた。流れてきたのは私がこよなく愛し続けるショパンの作品、私の魂に新たな火が灯った瞬間であった。あぁ、やはり音楽は素晴らしい、でも自分は何でピアノをやっていこうと思ったのだろうか?もちろんピアノを演奏することが好きだ、ということもあるのだが、ピアノを通して何がしたかったのだろう、ということを真剣に考え始めた瞬間であったのだ。

 1つの作品には作曲家の様々な思いが込められている。すなわち、喜怒哀楽、人生そのものが作品には込められている。演奏家はその思いをそれぞれに解釈し、自分の演奏を通して、聴衆にその思いを伝える。これが音楽である。私はピアノを通して、どういう思いを聴衆に伝えたかったのだろうか、ということを真剣に考え始めた。そして、ピアノという手段以外に、この思いを伝えることは出来ないのか、ということもあわせて考えていた。

 私は、生まれながらにして様々な病気を持ち、それまで何とか生きながらえてきた。喜怒哀楽を感じることが出来るのは、生きていてこそ!どんなに辛くとも、生きていなければ辛いという思いさえ出来ない、、、そう、私は、自分のピアノを通して、生きている、それだけでどんなに素晴らしいことか、ということを一人でも多くの人に伝えたかったのではないか、という思いに至った。それならば、何もピアノではなくとも、他の手段もあるはずだ。その手段をみつけることが出来れば、私の夢は諦めたことにはならないのではないか、という思いに駆られた。そうだ、たとえ形を変えたとしても、その先にあるものが変わらなければ、夢をあきらめたことにはならないはず、そう思えた。

 それから先は、新たな形、を探すことに懸命だった。幸運にも自分は入院中の身、時間だけはたっぷりあったのだ。貪るように本を読み、今後の自分の進むべき道を考えた。しかし、その答えは実はとても身近なところにあったのだった。そう、その答えは教育の道に進むことだった。私の父は自閉症やダウン症など障がいのある子どもたちを専門とする教育者だった。そうか、教育という営みは、3Rs等の基礎学力を教えることはもちろんのことであるが、教育を通して人生の意味を伝えていくことが出来るのではないか、と思えた。このとき、私の新たな形はようやく決まり、夢を諦めないですんだのである。

 貪るように読んだ本の中で、印象に残っている一節は、同じく長い闘病生活を送った経験のある遠藤周作によるものである。彼は「生活上の挫折と人生上の挫折は違う」と著作の中で語っていた。なるほど、と思えた。確かに、私はピアノを諦めざるを得なかった点では「生活上の挫折」を味わったが、同じ夢を追い続けていることで「人生上の挫折」には至っていないのだと思えた。むしろ、病気になったことで、他の人には見えなかったり、気づけなかったりすることも、気づくことが出来、それがまた今の人生の糧になっていることは言うまでもない。私が今、social inclusionを研究の中心においているのも、自分の病気がなかったら、果たしてこの重要性に気づけたかは甚だ疑問である。また自分の生と真っ正面から向き合う機会を得られたこと、このことが何よりもかけがえのないものだった。

 前置きが長くなったが、私は、自分の母校(高校)で教育実習をした際、最終日の学活の時間に、別れの挨拶の変わりに、上記の話を自分のクラスである高校2年生にむかってした。この話をすることは、自分の夢の実現の第一歩であった。40人の全員に伝わらなくとも良い、クラスのたった一人であったとしても、何かを感じ取ってくれれば嬉しかった。話をしている間に、茶化す生徒もいたが、大部分は真剣に聞いていてくれた。それだけで私は満足だったが、実習を終え、東京に戻り、平凡な学生生活に戻って数日後、私は十数名の生徒から手紙を受け取った。そこには、彼らなりの精一杯の言葉で、生きていくことの辛さが書かれており、それでもそれを正面から受け止め生きていきたい、旨のことが書かれていた。きちんと、私の思いを受け止めてくれた生徒がいた!涙が自然と溢れてきて止らなかった。ピアノでなくとも、私が新たに選んだ形、教育によって思いを伝えられることを、私の夢がまだつながっていることを教えてくれた生徒達に感謝した。

 とても長い日記になってしまったが、ドラマを見ながら、ふと自分のことを思い出してしまった。なお、このドラマでは、深津絵里演じる女は教育実習を担当したクラスの妻夫木聡演じる男とくっつくのであるが、私の現実からはそのような甘いストーリーは生まれていないことは皆の知るところである(苦笑)。

 昨今、世知辛い世の中となり、生きていくことが苦しい時代とも言えるかもしれない。でも、「辛いと幸せという字は似ている。十分辛い思いをした人が幸せになれるのです」(by 中島みゆき)という言葉を胸に抱き、毎日を生きていくことが出来れば、と思っている。幸いにも、私には自分の思い・夢を分かち合える友人が多数いる。命のリレーとまで大げさなものではないかもしれないが、私の思いを引き継いでくれる人々と出会えたこと、私は本当に幸せな人生を送っている、と思える今日この頃である。

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2005年9月11日 (日)

The lesser of two evils

  さて、今日は第44回総選挙の日、私も先程投票を済ませてきた。イギリス在住時は在外投票で、選挙区選挙の投票権はなかったため、久々のフル投票だった。今回は郵政民営化の是非を争点に掲げて小泉政権の信任を目指す自民党と公明党、政権選択選挙と位置づける民主党、政権批判を展開する共産党、社民党、それに反小泉の国民新党、新党日本はそれぞれに政策を訴え、話題性には事欠かなく、投票率もいつもと比べ高いようである。 さて、それでは選挙区に魅力的な候補者がいるかと問われると、マニフェスト等を見ても考え込んでしまう。こうなると残るは消去法で、いわゆる"the lesser of two evils"、ましなほうを選ぶ、という感じだ。ともあれ、選ばれた議員には、郵政改革のみならず、忘れ去られた観のある社会保険庁改革等も推し進めて欲しいものだ。

 加えて、最高裁裁判官国民審査、これまでに審査された142人のうち、なんと罷免はゼロ!こんな形骸化した審査自体意味があるのか疑いたくもなるが、私は、必ず過去の判例に目を通し、妥当だとは思えない判断を下した裁判官には×をつけるようにしている。最高裁は”憲法の番人”と言われている。法律や行政の仕事が憲法に反していないか最終的に判断するのが最高裁の責務。その重責を託すのにふさわしいか、国民が裁判官をチェックすることは議員を選ぶこと以上に重要なはずなのだが、どうもあまり理解されていないように思う。今後PRも含め、審査方法の改善を切に願う次第である。

 ところで、昨日の阪神、21-2と広島に圧勝!なにやら乱闘騒ぎまであったようで、見に行くなら昨日の方が面白かったかもしれないなぁ。。。 それにしても今年の札幌は暑い!今日も28度もあり、例年からは考えられない温度です。明日からまた新たな週の始りですね。皆さん、頑張ってまいりましょう!

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2005年9月10日 (土)

久々の甲子園!

 阪神の聖地である、甲子園、イギリスに留学してから全然行くことが出来ていなかったのですが、7年ぶりに昨日行ってきました!!!いやぁ、やっぱり甲子園、最高です!まず、伊丹で友人の弟君であるDYと落ち合い、大阪入りしてから訪れたのは阪神デパートの8階にある、阪神グッズ売り場。ここで応援グッズの必須であるジェット風船等を買い込み、ふと目をやるとなんだか人だかりが出来ている一角が?!行ってみると、そこは千羽鶴ならぬ「ドリームズ カム つる~」コーナー(本当に関西人はダジャレが好きですよね)。。。というわけで、トラ柄の折り紙で鶴を折り、翼に願い事を書き込む、ということで、阪神ファンがこぞって鶴を折っていたのでした。もちろん自分もそこに加わってみたのですが、な、なんと、鶴の折り方をすっかり忘れてしまっており四苦八苦(汗 とても日本人とか思えない)。折り方の説明書きがあるにもかかわらず、DY共にどうもうまくいかず、見かねた正面のおば様が手助けしてくれる始末。。。なにわともあれ、何とか折りあげ、DVC00037 その後向かった先はデパ地下。ナイター試合の前に腹ごしらえ用として、験を担ぎ、カツ丼を購入して、いざ甲子園へ!DVC00005 向かう阪神電鉄の中は、すでに阪神ファンで一杯!隣に座っていた阪神ファン○○年のおば様と愉快な会話を楽しみ、辿り着いた甲子園は変わらぬ姿で私を出迎えてくれました。で、試合結果はというと、広島のエース黒田をなかなか打ちあぐねていたのですが、4番金本の大活躍により、3-1の勝利!!!いやぁ、恒例の7回ジェット風船や、点数が入る度に六甲おろしを歌うことを楽しみつつ(もちろん試合終了後も!)、勝っている試合中に飲むビールのこれまた美味しいこと!DVC00004おかげで、翌朝の声はガラガラ声でしたが、他の阪神ファン(主に三重からの)との交流も出来、本当に楽しい一晩でした。しかーし、部屋に戻ってから飲み過ぎたためか、翌朝10時半にDYと待ち合わせていたにもかかわらず、起きたのはそのDYからの電話。。。てっきり、待ち合わせ時間の変更かと思いきや、な、なんと、すでに10:50だというではないか。。。ホテルの遮光カーテンのおかげで時間が全く分からなかったのだが、ここまで寝過ごすとかえって開き直れるもので、もう笑うしか出来なく、DYにはホテルまで来てもらい、DVC00003その後最近、大阪に来るたびに訪れているお好み焼き屋「美舟」に行く。DVC00003 もちろん、ここのご主人も熱烈な阪神ファンで、店先にもそれを誇示する品々が飾られている。しかし、ここに通いづめている理由は、阪神ファンだから、ということではなく、とっても美味しいからなのだ!店ははっきりいって、小汚い。でもここのお好み焼き&焼きそばは絶品!!!特にお好み焼きには欠かせない具材である、キャベツにはこだわりがあるらしく、いつ伺っても本当に甘く美味しいキャベツを堪能できるお店!いつ行っても込んでいるが、大阪に行った際には1度は試してもらいたいお店です。DVC00002たった1泊の大阪であったが、十分楽しんでくることが出来ました。やはり旅はよいですね(マイルも貯まるし!)。来月は、日本シリーズで大阪に戻っていることでしょう!その時を楽しみに、また現実に戻り、仕事を頑張ろうと思います。   

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2005年9月 8日 (木)

本を読んでますか?

 専門が、教育学でありながら、歴史研究の方法論を取り、かつ研究対象を公共図書館としている私にとっては、やはり人が読書をしているかどうか、というのは大変な関心事!しかも、いわゆる世の中に知れ渡っている人々の発言は、世間に与える影響が大きいだけに、いつも注目している。先日、フットボール選手ベッカムの妻であり、元スパイスガールズのヴィクトリアが、自分は全く読書をしない、今まで1度も本を読んだことがない、と発言しイギリスのマスコミで大きく取り上げられたのだが、その釈明記事を昨日みつけた。慌てて「最後まで読む時間がないだけ」と釈明している姿を想像しているだけでも可笑しいものがある。やはり、自らを中産階級の出身、と豪語しているだけに、読書をしたことがない、と世間に認知されることは自分の中では許されないことだったのだろう。まぁ、前置きはここまでにして、皆さんは最近本を、それも歴史本を読んでいますか?歴史とは、今まで人類が経験した全てのことが含まれており、歴史本を読むということは、自分一人の実際の人生では知り得ないことをも知りうる手段。塩野七生も「歴史は人間、歴史嫌いということは人間嫌いと言うこと」と彼女の著作で述べています。まだまだ暑い日が続いていますが、暦上は既に秋、今年の秋は、読書の秋でいってみませんか?ここで私から1冊推薦したいと思います。それは渡辺淳一著「花埋み」(新潮文庫)。日本の女医第一号である荻野吟子の生涯を描いた作品で、とても勇気づけられる一作です。

 と言う訳で、明日は大阪に行ってきます。夜には久々に甲子園で阪神の応援にも行けるし宿泊先のホテルは部屋風呂も温泉なので、今から楽しみにしています。

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2005年9月 6日 (火)

Joseph Mallord William Turner

 今日、なにげにイギリス関連のニュースをネットで見ていると、とても懐かしい名前に出会った。Joseph Mallord William Turner、私がこよなく愛するイギリス人画家です。皆さん、ターナーをご存じですか?!あのどんよりとしたイギリスの空模様を描かせて彼の右に出るものはありません!もう彼の絵と内田光子のピアノを聞くためにイギリス遊学(いやれっきとした留学だったのですが)したようなもの!ロンドン在住時、そしてマンチェスターに移ってからも何度Tate Galleryを訪れたことか。。。 加えて、ターナーはイギリス国内を旅をしながら作品を描いていたため、イギリス各地に彼の絵が点在しているので、よく週末にかけて、地方の美術館巡りをし、彼の絵を楽しんでました。で、このニュースによると、イギリス内に展示されている絵画の人気ナンバーワンは、ターナーの作品だったらしい!やはりここはイギリス人、一番好きな作曲家は?と問われれば、エルガー、と答えるように、やはり一番好きな画家はターナーなんだな、と妙に納得。イギリス人気質がよく現れている調査結果だと思いました。イギリス絵画ってあまり日本ではメジャーじゃないかもしれませんが、日本にもイギリス美術を中心に集めている美術館が1つあります。それは、福島県郡山市にある郡山市立美術館です。少々遠いですが、ここに行けば、ターナーの絵画を3点見ることが出来ます。この3月に行ってきたのですが(画像はそのとき移した郡山市立DSC01224 美術館)、なかなか良い美術館でしたよ。日本の他でターナーの絵画を見ることが出来る美術館をご存じの方がいたら、是非ご一報を!

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2005年9月 5日 (月)

Telling the future: New Orleans foretold exactly by National Geographic

Note the date of this article at the bottom.
Creepy isn't it? That it's so accurate.

   By Joel K. Bourne, Jr.

It was a broiling August afternoon in New Orleans, Louisiana, the Big
Easy, the City That Care Forgot. Those who ventured outside moved as
if they were swimming in tupelo honey. Those inside paid silent homage
to the man who invented air-conditioning as they watched TV "storm
teams" warn of a hurricane in the Gulf of Mexico. Nothing surprising
there: Hurricanes in August are as much a part of life in this town as
hangovers on Ash Wednesday.

But the next day the storm gathered steam and drew a bead on the city.
As the whirling maelstrom approached the coast, more than a million
people evacuated to higher ground. Some 200,000 remained, however―the
car-less, the homeless, the aged and infirm, and those die-hard New
Orleanians who look for any excuse to throw a party.

The storm hit Breton Sound with the fury of a nuclear warhead, pushing
a deadly storm surge into Lake Pontchartrain. The water crept to the
top of the massive berm that holds back the lake and then spilled
over. Nearly 80 percent of New Orleans lies below sea level―more than
eight feet below in places―so the water poured in. A liquid brown wall
washed over the brick ranch homes of Gentilly, over the clapboard
houses of the Ninth Ward, over the white-columned porches of the
Garden District, until it raced through the bars and strip joints on
Bourbon Street like the pale rider of the Apocalypse. As it reached 25
feet (eight meters) over parts of the city, people climbed onto roofs
to escape it.

Thousands drowned in the murky brew that was soon contaminated by
sewage and industrial waste. Thousands more who survived the flood
later perished from dehydration and disease as they waited to be
rescued. It took two months to pump the city dry, and by then the Big
Easy was buried under a blanket of putrid sediment, a million people
were homeless, and 50,000 were dead. It was the worst natural disaster
in the history of the United States.

When did this calamity happen? It hasn't―yet. But the doomsday
scenario is not far-fetched. The Federal Emergency Management Agency
lists a hurricane strike on New Orleans as one of the most dire
threats to the nation, up there with a large earthquake in California
or a terrorist attack on New York City. Even the Red Cross no longer
opens hurricane shelters in the city, claiming the risk to its workers
is too great.

From National Geographic, October 2004

今回は、イギリスの友人に送った一斉メールを添付した形のため、本文が英語のままで失礼!それにしても、この記事を読んだとき、本当に驚きました。今後、今まで語られていたどんなシナリオ等も、現実味があふれてきたような気がしてなんだか恐ろしい気もします。地球はだんだん暖かくなってきているのに、人間はだんだん冷たくなってきている、そんな感じもします。敬愛する作家、塩野七生が以前「人に貴賤はないが、生き方には貴賤があると思う」と話していましたが、私も常々そう思う一人です。常に、自分には何が出来るのか、ということを問うて毎日を生きていきたいものですね。

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2005年9月 4日 (日)

better half

 大学時代からずーっと一人暮らしをしていたので、あまりにそのお気楽さに慣れすぎて、家に誰かといると、1日や2日は良いのだが、それ以上になると、無性に心地悪くなる自分がいた。旅行だとそれは非日常なので良いのだが、家となるとどうもだめで、ひどい時は実家に帰っているのにもかかわらず、何で家に人がいるのだ?!と思えるときも時折あったくらい、どうも一人の時間が持てないことの窮屈さを感じていた。しかし、イギリスに行き、フラットシェアという形で、様々な人たちと暮らす経験をしてみて、誰かと住むのもあながち悪くないものだ、と思えるようになってきた。これはフラットメイトに7年間恵まれていたということもあろうが、リビングでの毎日の何気ない会話に苛つくことなく、日々刺激を受け、また癒される自分に驚いたものだ。この思いは、日本に帰ってきてからも変わることなく、今は実家での生活をとても心地よいものと感じている自分をとても嬉しく思う。ミクシィ仲間のショーコさんの日記にも書かれていたが、最近再び寿ラッシュが私にもやってきたためか、以前は考えもしなかったbetter halfを持つのも人生、悪くないかも、と思えるようにもなってきた。元フラットメイトのDavid達とSingle Alliesを結んでいたのだが、離脱を考えるときか?!人間、やはり一人では生きられないのだよね。。。いきなりbetter halfとまではいかなくとも、日本でも近々フラットシェアをしてみたいな、と思う今日この頃である。

 さて、今日も阪神の応援に札幌ドームに行ってきた。今日は投手戦で1-1の延長10回、私が一番応援している選手、藤本が決めてくれました!これで3連勝、中日が負けてくれたため、ゲーム差も3に広がり良い感じです。9日は甲子園での久々の応援なので、その間の中日との直接対決も頑張って欲しい!

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2005年9月 3日 (土)

生きるということ

 昨晩、遅々として進まぬ分析を端においやり、NHKの「人間ドキュメント」を見てみた。テーマは脳性麻痺を患った三男を中心とした、今時珍しい6人兄妹の家族であったが、大変すばらしい番組であった。来週水曜深夜に再放送されるそうなので、是非時間のある方は見て頂きたい。やはり、どんな状態でも生きていくということ、そんな単純そうで実はとても難しく、さらに、そこに秘められた思いが、多くのことを教えてくれるような気がした。ningen 同時に、何故自分が今この道を選んで生きているのかを再認識させられる番組であった。番組後、深夜ではあったが、友人RYがこの番組を見ていたような気がして、電話してみると、案の定見ていて、「生きていくこと」について話すことができ、これまた有意義であった。

 また、今日は我が阪神、札幌ドームにてデー・ゲームがあったので、応援に行ってきた。最後の最後に久保田にヒヤヒヤさせられたが、何とか1点差で逃げ切り、ホッとした。明日はもっと楽に見られる試合展開を期待したいものだ。DVC00001

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2005年9月 2日 (金)

今日は靴(92)の日だそうですが・・・

 北海道と言えば、お盆を過ぎればもう秋、という感じだったのが、どうも今年は様子が違う。。。 そう、いまだに暑い! それもそのはず、何と今日は9月2日だというのに、気温は30度と真夏日!9月に入ってから30度を記録するのは1994年以来だそうだ。これはいよいよ札幌でもエアコンが必要ということか。。。 さて、高校の後輩TKが香川から帰省してきた際に私へのお土産としてくれたものがこのトーラクの「トラトラプリン」。DVC00001 トーラクというと「神戸プリン」で有名ですが、こんなものも作ってたんですね。明日からの札幌ドームでの阪神戦の応援に持っていこうと思っています。何とか首位で札幌に来てくれた阪神、優勝目指して頑張れ! ちなみに、今日は何の日だかご存知ですか? 靴の日だそうです。

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2005年9月 1日 (木)

珍しく邦画を。。。

 今日は水曜日、札幌シネマフロンティアは毎週水曜日メンズデー(男性は1,000円)、というわけで、久々に映画を見に行った。特段、何を見たい、というのはなかったので、着いた時間で適当に決めようと思い行ってみると、ちょうど「踊る大捜査線」のレジェンド・フィルムである邦画「容疑者室井慎次」が始まるところだったので、それを見てみることにした。映画館で見るまでも、という感じがしないではなかったが、今まで明かされることのなかった室井の過去も知ることが出来たしで、それなりに面白かった。今一度、踊るシリーズから見なおしたくなった気もする。flyer それにしても、今日は阪神、何とか勝ってくれて本当に良かった。ぎりぎり首の皮一枚って感じだけど、首位で札幌に来てくれて本当に嬉しい!この土日は札幌ドームで一生懸命応援するぞ!

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